
第8回 昭和47(1972)年8月24日 美祢線 南大嶺 P:筒井俊之
第8回の表紙は、30年前の美祢線石灰石列車を取り上げます。
D51 300[厚]の次位・4・6輌目はセキ1000形で、それ以外はセキ6000形である。車体、台車、それに線路脇は、明かに石灰石で真っ白である。
セキ1000形は、当時既に漸次減少段階で、昭和47(1972)年時点では346輌まで減ってきており、形式消滅の2年前である。
セキ6000形の方は、ほとんどが生存しており、1505輌(減4輌)の在籍があった。石炭車車種消滅26年前のことである。
一昨年にタキ1100JRF形の調査で美祢線を訪れましたが、南大嶺駅は、すでに大嶺支線もなく、構内配線も大きく変わっており、30年前の面影を感じることはできませんでした。